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日本を出発して約24時間。遂に僕らは目的地であるナイロビに到着を果たした。
迎えにきてくれたドライバーさんの車に乗り、ホテルへと向かう。空港の周辺では地面に立てた木の棒にビニールシートをかぶせただけの簡素な食堂でご飯を食べたり、赤信号で止まった車に駆け寄ってきて新聞やCDを販売したり、何をするでもなく地面に座ってぼんやりしている人たちの姿が見えた。 それが中心地に近づいていくにつれ、車は渋滞し、大きなショッピングセンターが現れ、スーツを着たビジネスマン風の人が目立つようになる。 簡素な柵で仕切られた国立公園に目を移すと、遠くには早くも野生のバッファローやダチョウの姿が確認できた。たかだか車で数十分走っただけで、まったく異なる風景が次々と繰り広げられる。ケニアに来たという実感が急激に湧き上がり、眠気も疲れも一気に吹っ飛んだ。 ▲乗り合いバスは常に定員オーバー ナイロビは、1907年にイギリスの保護領であったイギリス領東アフリカの首都となって以降、気候の良さに魅力を感じたイギリス人達が移住してきたため、街は白人にとって快適なように建設された。白人達は気候のいい高原部に集中し、黒人達は劣悪な環境下での生活を余儀なくされたという。 1920年台には、農産物加工やビール製造などの工業が発達したことによって街が急激に発展していった一方で、労働者が溢れかえり、深刻な失業問題が発生。貧富の差が拡大するのに伴ってスラムが形成され、治安が一気に悪化した。 現在キベラという地区はアフリカで2番目の規模を持つスラムを形成しており、ナイロビはジャマイカのキングストン、南アフリカのヨハネスブルグと並び世界三大危険都市にも数えられる。 ▲ナイロビの街外れの様子 ホテルに到着すると、ドライバーさんは「明日の朝迎えに来るまで、危ないからなるべく外へは出ないように」と言い残して帰っていった。ホテルの入り口のところにはライフルを持った警備員が立っている。確かにこの街は治安が良くないらしい。 チェックインを済ませ、部屋に入ると、時間はまだ午前10時。確かに快適な部屋ではあるし、プールなどの設備もあるが、せっかく憧れのケニアにまで来て1日中部屋に引きこもっているのはなんとももったいない。 嫁と相談した結果、僕らは食べ物とお酒と買いに近くのスーパーへ出かけることにした。 そこで、またしてもトラブルに巻き込まれるとは知らず… ▲ホテルから眺めたナイロビシティ
by abe-kohey
| 2014-09-06 05:13
| 社会
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